真っ白な病室で迎える季節は、もう何度巡ったのか。
一度だって止まることなく変わり続ける。
春は夏になり、夏は秋になりやがて冬を迎え。
そうしてまた春を迎えるのだ。


「死」は緩やかに確実に、彼女の身体を蝕んでいった。


自分が死ぬことは対して怖くもない。
抵抗できる術など無い、これは仕方のないことなのだから。
けれどただ一つ怖いのは、死んでしまえばもう二度とあの笑顔に会えな
いのだ。
他の何を失っても、こんなに恐れることはないのに。
ただただ、あの人を失うことだけは怖かった。

――あぁ、なんだ、結局は死ぬことが怖いんだ。

乾いた笑みを浮かべて、起こした上半身を再びシーツの白に沈める。
窓の外をはらはらと舞う雪。
壁、床、シーツ、自分。
全て白で覆われた世界。
このまま白に押し潰されて死んでしまうのだろうか。





「あいたい……」





彼女は知っていた、自分の命がもう長くないことを。
病魔に蝕まれながらも、生きてあの人に会いたい、それだけを思ってずっと
延命のための治療を受けて。
それなのに、偶然聞いてしまった医師の会話。
自分の、命の制限時間。





「あいたいよ……」





伸ばした手は天井と同化してしまいそうに白かった。
残り時間を表しているようでそれは痛々しく彼女の目に映る。
この手を取って、大丈夫だと笑ってくれたらどんなに幸せだろう。
例えそれが気休めでも、結果嘘になっても。
あの人が笑って言ってくれたら。
あの人の温もりがここに在ったら。
最後の最後まで、一緒にいてくれたら。





「一人は、怖いよ……っ」





目頭が熱くて、生まれた雫もまた熱く、けれど流れるころには冷えた水になる。

二度と会えない。

神様は残酷だ。
本当はもう何度も発作を起こしているのに、彼女の手がナースコールに伸びる
ことはなかった。
神様は残酷だ。
あの人は今、仕事で遠い街へ出掛けている。
暫くの間会いに来れない、と申し訳なさそうに唇を噛んだ姿を忘れることなど無い。
あの人は自分の仕事に誇りを持っていた。
それなのに自分と天秤に掛けてくれただけでも嬉しくて、それ以上を望むなんて
出来なかった。


――大丈夫だよ、行ってらっしゃい。


せめて、あの人がまたここに来てくれるまで生きていたかった。
お帰りなさい、と言ってあげたかった。
その温もりに触れたかった。
その声が聞きたかった。
あんなすまなさそうな顔じゃなく、笑顔を、この脳裏に焼き付けたかった。





「ごめんね、ごめん……ねぇ、会いたい、よ……っ」





涙と一緒に意識も堕ちた。
真っ白な、世界の中に。



















揺れる汽車の中で、何かに急かされるように目を覚ます。
周りを見渡しても、自分に話しかけたような人は見当たらない。
確かに、声が聞こえた気がしたのに。
首を傾げながら、窓の外の景色を見て、病魔と戦う彼女を想った。
そうしてまた瞳を閉じ、睡魔に身を預ける。

あぁ、最後に聞いたのは一体、誰の声だったのだろうか。



汽車は走る、彼女がいる街へ。
例え出迎えてくれるものが最悪の結末であろうと、進むことしか出来ないのだ。





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2005.12.30